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| 京都の和菓子屋は作られる菓子によって、「菓子屋」「饅頭屋」「餅屋」の3つに分けられるが、「菓子屋」以外の2つは室町時代の頃から見られ、素朴な甘味の饅頭や餅が店売りや街頭で売られるという形のものであった。「菓子屋」の発生はそれよりも遅く、桃山時代に南蛮文化の移入に伴い輸入された砂糖によるところが大きい。それまで日本で作られなかった砂糖は最初、富裕者のステータスを表わすものとしての扱いを受け、金平糖や餅の敷砂糖のように、砂糖そのものを味わわせたり、見せたりする貴重な品であった。やがて江戸時代中頃には和菓子の基本材料として幅広く使われるようになります。 |
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| 山口富藏氏 |
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| やまぐち・とみぞう |
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| 菓子司「末富」主人 |
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